昔寒くなったら、みんなで「おしくらまんじゅう」して暖まった。 いまひとの心が寒くなったので、少しホッとするような考え方や情報をときどき詩集なども織り交ぜながら、お伝えしたいと思います。種田山頭火はさすらいの詩人であり、自由人としての生き方でも親しまれてきました。その自由きままさに少しあやかりたい。

2007年05月19日

山に分け入りて思ふこと

山に分け入りて思ふこと山に分け入りて思ふこと












遠くから山々を見ていると、山を覆っている木々の彩りの素晴らしさにしばし目を奪われます。山に分け入ると、また格別です(例えその山が特別な山でなくても)
木々の木肌の色も詳しく云えば黄唐茶、黄土色、媚茶、銀煤竹、煤竹色、狐色、金茶、丁子茶、伽藍色、憲法染あたりでしょうか。
葉の色については、女郎花色、柳染、裏柳、萌黄、苗色、蒸栗色、常盤色、若竹色、麹塵などで表現できるでしょうか。
これらの木肌と木の葉の色たちが光の加減で、風の加減で瞬間瞬間で変化してゆくのですから気持ちが和むのも頷けます。見ていて飽きない筈です。

写真にあるような幹周りが4メートルもある真っすぐに伸びた木、曲がってない素晴らしさを見ました。この木に拍手をし銀煤竹色の木肌を撫でて感謝しました。
山に分け入りて思ふこと、それは遠くで見ているだけでは判らない、木々たち個々の命の息吹が身近に感じられる素晴らしさ、色や形を変えながらもその場所を変える事なく年輪を刻んでいる、その営みがかけがえのない事を示唆してくれていることです。

あえて付け加えると彼らが一致団結して森林を形成してくれているお陰で人間が命を享受出来ていることも忘れてはならないと思ふ。


Posted by 中高年の太陽 at 15:18│Comments(0)
 
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